筆者は、友人との会話の中で「生きている」感覚と「フロー状態」について考えるようになったという。特に、6年間の交際を経て初めてシングルになったことで、「生きている」感覚を真に感じ、その瞬間を受け入れることの重要性を痛感するようになった。
筆者は2年前からフリーダイビングとスピアフィッシングを始めた。元恋人は、筆者が自分から逃げるために始めたと感じていたが、筆者はむしろ、ある種の自分自身から逃れるために始めたのだと感じている。
筆者にとってダイビングは、人生で初めて心を完全にオフにできるものだった。それは、筆者自身も気づかないうちに切望していたものであり、だからこそ、これほどまでにのめり込んだ理由だと考えている。子供の頃からオンライン活動に熱中していたことが、筆者を非常に猜疑心の強い人間にしたのではないかと分析している。
水中で息を止めていると、頭の中を高速で駆け巡る「もしも」「だったら」といった思考のループから解放される。水中にいると、海のすべてが薄れ、騒音、ストレス、容赦ない自問自答からも解放される。それは、静寂と tranquility の瞬間であり、逃避ではなく、完全に「今」に存在している状態、つまり、筆者が最も「生きている」と感じる瞬間なのである。
筆者には他にも好きな趣味はあるが、ダイビングは他の何にも触れることのない、もっと深い部分、別の機会に探求すべきテーマに触れていると感じている。哺乳類の潜水反射は、と筆者は述べている。
ケルプの森の海中は、サイケデリックな体験にも似ている。海中を透過する光は、ケルプを通して不思議な模様を描き、別世界のような雰囲気を作り出す。まるで夢の中に入り込んだかのようだ。サイケデリックな体験が、日常生活の雑音を消し去り、より大きなものに私たちを結びつけてくれるように、水中では時間が遅くなり、一つ一つのディテール、つまり、無重力状態での漂流、海の鼓動、サンゴ礁の複雑な幾何学模様、そして周囲の生物に対する意識が高まる。どちらの体験も、私たちを覆い隠していた層を剥ぎ取り、他の場所ではなかなか見つけることのできない、静かで畏敬の念を抱かせるような世界とのつながりを明らかにする。
最後に、筆者は、この投稿のオリジナルバージョンに友人が残したコメント(そしてサムネイルのインスピレーションとなった言葉)を紹介する。
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by 場所 medium.com 10-26-2024
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