算術ブラウン運動下におけるオプションのリスク中立評価:負の原資産価格を考慮した包括的な分析
核心概念
本稿では、原資産価格が算術ブラウン運動に従う場合のオプション価格決定について、リスク中立評価を用いた包括的な分析を行い、原資産価格が負となる可能性を考慮した上で、従来の幾何ブラウン運動モデルとの比較を行いながら、その理論的枠組みと実践的な応用について考察する。
要約
算術ブラウン運動下におけるオプションのリスク中立評価:負の原資産価格を考慮した包括的な分析
本稿は、原資産価格が算術ブラウン運動に従う場合のオプション価格決定について、リスク中立評価を用いた包括的な分析を行っている。従来のブラック・ショールズ・マートンモデルでは、原資産価格が幾何ブラウン運動に従うことを前提としていたが、2020年4月の原油価格の暴落を受け、CMEグループが一部の原油先物オプションの価格決定にバシュリエモデルを採用したことを契機に、算術ブラウン運動を考慮したオプション価格決定の重要性が高まっている。
Risk-neutral valuation of options under arithmetic Brownian motions
導入: ブラック・ショールズ・マートンモデルの登場以来、資産価格プロセスは幾何ブラウン運動としてモデル化されてきたが、算術ブラウン運動は、負の価格を許容するため、これまであまり注目されてこなかった。しかし、2020年の原油価格の暴落は、原資産価格が負となる可能性を浮き彫りにし、バシュリエモデル、より一般的には算術ブラウン運動(ABM)への関心を再燃させた。
リスク中立評価: 本稿では、リスク中立評価を用いて、配当を支払わない原資産、連続配当利回りを支払う原資産、先物の3つの原資産タイプについて、ヨーロピアンオプションの価格決定式を導出している。
従来の誤ったアプローチ
従来のリスク中立評価では、原資産プロセスにおける原資産の成長率をリスクフリーレートに置き換え、デリバティブの割引ペイオフの期待値を取ることで、デリバティブの価格を決定していた。しかし、このアプローチは、算術ブラウン運動の下では正しくない。
正しいアプローチ
正しいリスク中立評価のアプローチは、以下の3つのステップで行われる。
ギルサノフの定理を用いて、割引原資産プロセスをリスク中立測度Qの下でのマルチンゲールに変換する。
この新しいQ-ブラウン運動によって、原資産の確率微分方程式(SDE)を表す。
このQ-マルチンゲール測度に関して、割引ペイオフの期待値を取ることで、任意のデリバティブの価格を決定する。
偏微分方程式: 本稿では、ブラック・ショールズ・マートン型の偏微分方程式(PDE)を導出し、導出した価格決定式がPDEを満たすことを確認している。これらのPDEは、有限差分法を用いて、アメリカンオプションの価格を数値的に計算するために利用することができる。
価格決定式の特性: 本稿では、ABMの下でのオプション価格決定式の特性について考察している。その結果、これらの式は、負の原資産価格と権利行使価格の両方を許容することが明らかになった。しかし、これらの式は、少なくとも2つの状況、すなわち、満期が長い場合と、原資産価格の変化の標準偏差が大きい場合において、裁定取引の原則に違反するように見える。しかし、ABMまたは無制限責任の下では、これらの違反は真の裁定取引にはならない。
本稿は、以下の3つの点で貢献している。
算術ブラウン運動に従う単一の原資産変数の下でのオプションの価格決定を研究するために、リスク中立評価を初めて利用したワーキングペーパーを大幅に更新した。
負の原資産価格を明示的に許容することで、オプションの価格決定に取り組んだ最初の論文である。
実務家向けに、3つの原資産タイプに対応するすぐに使える時間t価格決定式(およびPDE)を提供し、研究者向けに、さらなる研究の基礎を提供した。
深掘り質問
原油価格の暴落のような異常事態下において、算術ブラウン運動モデルは、伝統的な幾何ブラウン運動モデルに比べて、どの程度有効な価格決定モデルとなりうるのか?
原油価格の暴落時のような異常事態下では、原資産価格が負値をとる可能性が出てくるため、伝統的な幾何ブラウン運動モデルは適用が困難になります。なぜなら、幾何ブラウン運動モデルは原資産価格が常に正であることを前提としているからです。一方、算術ブラウン運動モデルは負値をとることを許容するため、このような状況下ではより有効な価格決定モデルとなりえます。
具体的には、2020年4月の原油価格暴落時に、CMEグループが一部の原油先物オプションにおいて、従来のブラック・ショールズ・マートンモデル(幾何ブラウン運動を前提とする)からバシュリエモデル(算術ブラウン運動を前提とする)へと価格決定モデルを変更した事例が挙げられます。
しかしながら、算術ブラウン運動モデルにも限界はあります。原資産価格が大きく変動する可能性がある場合、算術ブラウン運動モデルは価格変動を過小評価してしまう可能性があります。これは、算術ブラウン運動モデルにおける価格変動の標準偏差が一定である一方、現実の市場では価格変動がボラティリティクラッシュやボラティリティスマイルといった現象に影響されるためです。
したがって、算術ブラウン運動モデルは原油価格の暴落時のような異常事態下において、幾何ブラウン運動モデルよりも有効な価格決定モデルとなりえますが、その適用範囲は限定的であると言えます。異常事態における価格決定モデルの選択には、市場の状況や原資産の特性などを考慮する必要があります。
原資産価格が負となる可能性を考慮すると、オプション価格決定におけるリスク中立評価の妥当性について、どのような議論が展開できるか?
原資産価格が負となる可能性を考慮する場合、オプション価格決定におけるリスク中立評価の妥当性については、以下の2つの観点から議論する必要があります。
1. リスク中立確率測度の存在
リスク中立評価は、リスク中立確率測度の存在を前提としています。リスク中立確率測度とは、全ての資産価格がリスクフリーレートで成長するように割引かれた価格過程がマルチンゲールとなるような確率測度です。
原資産価格が負となる可能性がある場合、リスク中立確率測度が存在しないケースも考えられます。例えば、原資産価格が下方に無限大に発散する可能性がある場合、リスクフリーレートで割引いても価格過程がマルチンゲールにならないため、リスク中立確率測度は存在しません。
2. 無裁定条件の成立
リスク中立評価は、無裁定条件が成立することを前提としています。無裁定条件とは、市場においてリスクのない利益を得ることができないという条件です。
原資産価格が負となる可能性がある場合、無裁定条件が成立しないケースも考えられます。例えば、原資産価格が負となっても、オプションのペイオフが負にならない場合、無裁定条件に反する取引機会が生じる可能性があります。
上記2つの観点から、原資産価格が負となる可能性を考慮する場合、リスク中立評価の妥当性は限定的になる可能性があります。ただし、原資産価格が負となる可能性が低い場合や、適切な制約条件を設けることで、リスク中立評価を適用できるケースもあります。
具体的には、論文中では、算術ブラウン運動モデルにおいて、原資産価格が負となる可能性を許容した場合でも、オプション価格が以下の条件を満たせば、無裁定条件に矛盾しないことが示されています。
原資産価格が負となる確率が十分に低いこと
オプションのペイオフが、原資産価格が負となった場合でも、適切に定義されていること
したがって、原資産価格が負となる可能性を考慮する場合、リスク中立評価の妥当性を慎重に検討する必要があります。
算術ブラウン運動モデルの適用範囲は、オプション価格決定以外にも広がりうるのか?例えば、リスク管理やポートフォリオ最適化といった分野への応用可能性について、どのように考察できるか?
算術ブラウン運動モデルは、オプション価格決定以外にも、リスク管理やポートフォリオ最適化といった分野への応用可能性が考えられます。
1. リスク管理
リスク管理においては、将来の損失発生の可能性を予測し、その損失を最小限に抑えるための対策を講じることが重要となります。算術ブラウン運動モデルは、原資産価格の変動を比較的シンプルに表現できるため、将来の損失発生の可能性を計算するためのツールとして活用できます。
例えば、金融機関が保有する債券ポートフォリオのリスク管理を行う場合、金利の変動を算術ブラウン運動モデルで表現することで、将来の金利変動に伴う債券価格の変動をシミュレーションし、ポートフォリオ全体の価値変動リスクを計測することができます。
2. ポートフォリオ最適化
ポートフォリオ最適化においては、投資家のリスク許容度や投資目標に応じて、期待リターンを最大化し、リスクを最小化するような最適な資産配分を決定します。算術ブラウン運動モデルは、原資産価格の将来的な変動を確率的に表現できるため、ポートフォリオの期待リターンやリスクを計算するためのツールとして活用できます。
例えば、複数の株式や債券に投資を行う場合、それぞれの資産価格の変動を算術ブラウン運動モデルで表現し、モンテカルロシミュレーションなどを用いることで、将来のポートフォリオの価値変動を確率的に予測し、最適な資産配分を決定することができます。
ただし、算術ブラウン運動モデルは、原資産価格の変動が正規分布に従うことを前提としており、現実の市場における価格変動を必ずしも正確に表現できるわけではありません。そのため、リスク管理やポートフォリオ最適化に適用する際には、その限界を理解しておく必要があります。
具体的には、以下のような点に注意が必要です。
算術ブラウン運動モデルは、原資産価格のジャンプやボラティリティの変化を考慮することができません。
算術ブラウン運動モデルは、原資産価格の相関関係を正確に表現できない場合があります。
これらの限界を踏まえつつ、算術ブラウン運動モデルを適切に活用することで、リスク管理やポートフォリオ最適化といった分野においても、有効な分析ツールとなりえます。