アイソスピン二乗液滴模型を用いた原子核質量と核分裂障壁の研究
核心概念
本稿では、アイソスピン二乗項を含む新しい液滴模型を用いて、原子核の質量と核分裂障壁を記述できることを示しています。
要約
アイソスピン二乗液滴模型を用いた原子核質量と核分裂障壁の研究
Nuclear masses and fission barriers within the isospin-square liquid drop model
書誌情報
K. Pomorski, "Nuclear masses and fission barriers within the isospin-square liquid drop model," arXiv:2409.11019v2 [nucl-th], 21 Nov 2024.
研究目的
本研究の目的は、アイソスピン二乗項を含む新しい液滴模型(ISLD)を導入し、既知の原子核質量と核分裂障壁を再現できることを示すことです。
方法
原子核の結合エネルギーを記述するために、体積項、表面項、クーロンエネルギー項に加えて、アイソスピン二乗項を含むISLD模型を導入しました。
模型パラメータは、既知の実験原子核質量データセットと、実験データと理論予測を組み合わせたより大きなデータセットの2つに対して、最小二乗法を用いて決定しました。
決定したパラメータを用いて、アクチニド核の核分裂障壁の高さを、MyersとŚwiąteckiの地形学的定理を用いて計算しました。
計算結果は、実験データや他の理論模型による予測値と比較されました。
主な結果
ISLD模型は、わずか6つの調整可能なパラメータを用いて、実験的に知られている原子核質量を良好に再現することができました。
ISLD模型を用いて計算した核分裂障壁の高さは、実験データや他の理論模型による予測値とよく一致しました。
特に、中性子過剰核や陽子過剰核の質量を予測する上で、従来の液滴模型よりも優れた結果が得られました。
結論
本研究で提案されたISLD模型は、原子核の質量と核分裂障壁を記述する上で、従来の液滴模型よりも優れたものであることが示されました。
この模型は、原子核物理学の幅広い分野における研究、特に超重元素や天体物理学におけるr過程の研究に貢献することが期待されます。
意義
本研究は、原子核の質量と核分裂障壁を記述する新しい枠組みを提供するものであり、原子核物理学の進歩に貢献するものです。
特に、中性子過剰核や陽子過剰核の性質を理解する上で重要な知見を提供しています。
限界と今後の研究
本研究では、核分裂障壁の高さのみを計算しており、核分裂のダイナミクスについては考慮していません。
今後は、ISLD模型を用いた核分裂ダイナミクスの研究や、超重元素の安定性の予測など、より詳細な研究が必要とされます。
統計
原子核質量表の最新版には、実験誤差が1.5 MeV以下の、Z, N ≥ 20の同位体の質量が、測定されたもの2259個、推定されたもの906個掲載されています。
これらの質量をすべて用いて、ISLD模型の6つの調整可能なパラメータの最適な組み合わせを求めました。
理論的な推定値と実験的な質量の平均二乗偏差を最小にすることで、最適なパラメータの組み合わせを決定しました。
M\¨ollerらの質量表から得られた微視的エネルギー補正Emicrを用いて、式(4)を用いて同位体の質量を評価しました。
2つのパラメータセットが見つかりました。1つは2259個の測定された質量に対応するもので(a)、もう1つは3165個の測定された質量と推定された質量(質量表[28]ではハッシュ記号で示されている)を用いて得られたものです(b)。
フィットの質を表す尺度である二乗平均平方根偏差は、次の式で表されます。
σ = √(1/n) * Σ(Mth - Mexp)^2
ここで、iは考慮されるすべての同位体を表し、nは同位体の総数を表します。
Thomas-Fermi (TF) [14]、LSD [12]、FRDM [29] の3つの従来のモデルについてもσを評価しました。
ISLD模型は、わずか6つの調整可能なパラメータを用いて、2259個の同位体のデータを、微視的エネルギー補正の元となったFRDMよりも高い精度で再現できることがわかりました。
当然のことながら、3165個すべての測定値と推定値に適合させると、理論値と測定値の二乗平均平方根偏差は大きくなります。
そこで、3165個すべての同位体質量を考慮して、ISLDパラメータの追加フィット(b)を行いました。
ISLDパラメータのセット(a)と(b)の両方を表IIに示します。
驚くべきことに、28年前のThomas-Fermiモデルは、FRDMよりも優れた精度で、これら906個の追加質量を予測しています。
また、2003年に開発されたLSDモデルも、実験データと実験データと推定データを組み合わせたものの両方を非常によく記述しており、その優れた予測能力を示しています。
表Iの最後の行は、各モデルの調整可能なパラメータの数を示しています。
Thomas-Fermiモデル[14]は、8つの自由パラメータに加えて、文献[13]から引用した、一致エネルギー(ウィグナー)と奇偶エネルギーのための4つの追加パラメータを持っています。
また、Lublin-Strasbourg Dropモデルも、文献[13]で開発された一致エネルギーと奇偶エネルギー(4つのパラメータ)に基づいており、8つの調整可能な定数を持っています。
FRDMは、エネルギーの巨視的部分に対応する9つのパラメータと4つのフィッティングパラメータを持っていますが、今回のISMLモデルは、わずか6つの調整可能なパラメータに基づいています。
推定された質量と実験的な質量(正方形)および推定値(円)との間の偏差を、ISLDパラメータセット(a)(上)と(b)(下)について図1に示します。
中性子過剰核や陽子過剰核、超重核では、質量の多くが推定値(円)であり、大きなずれが見られることがわかります。
また、おそらく殻効果の再現性の低さに起因すると思われる、いくつかの矛盾も見られます。
最も大きなものは、Z=20と28の魔法数の付近と、94Zrの付近に見られます。
ISLDパラメータのどちらのセットを使用すべきかという問題が生じます。実験的な質量だけに適合させたもの(a)と、実験的な質量と推定された質量の両方に適合させたもの(b)のどちらでしょうか。
質量表[28]に記載されている質量数A ≥ 220の重元素の同位体質量の半分以上は、測定されたデータではなく、推定されたデータであることに注意する必要があります。
また、純粋に実験的に測定された質量は、Z ≥ 104の超重元素(SHN)データの10%にも満たない。
したがって、最も重い元素の性質を記述する場合には、ISLDパラメータのセット(b)を使用することが推奨されます。
次のセクションでは、セット(b)を使用し、これを単にISLDパラメータセットと呼ぶことにします。
また、LD式(2)と同様ですが、曲率項がA1/3に比例し、クーロン再分布エネルギー(∼Z2/A)を持つ式を用いて、質量フィッティングを行いました。
しかし、ISLD式にこのような2つの項を追加しても、データからの二乗平均平方根偏差は大きく変化しなかったため、最終的には、私たちのモデルでは考慮されていません。
β安定線に近い原子核に対する原子核質量の予測は、異なる巨視的モデル間で近い値になることがよく知られています。
モデル間の大きな違いは、陽子または中性子のドリップラインに近づくにつれて現れる可能性があります。
この効果は図2に示されています。ISLD(b)とLSDの質量推定値の差を、中性子(N)と陽子(Z)の数の関数として示しています。
2陽子ドリップラインとβ安定線の間にあるA ≤ 220の同位体では、その差は(-0.5,+0.5) MeVの範囲を超えないことがわかります。
また、β安定線に近い中性子過剰同位体でも、両者の推定値は近い値になっています。
超重元素の領域や、2中性子ドリップラインに近い同位体では、ISLDの質量はLSDの質量よりも1.5 MeVも大きくなっています。
質量推定値のこのような違いは、天体物理学的なr過程や、SHNの安定性と崩壊を予測する上で重要になる可能性があります。
深掘り質問
ISLDモデルは原子核の質量と核分裂障壁をよく記述できるようですが、このモデルを使って原子核の他の性質、例えば励起状態や崩壊モードを予測することはできるのでしょうか?
ISLDモデルは、基底状態の原子核の質量と核分裂障壁を記述するために開発されたものであり、励起状態や崩壊モードといったより複雑な原子核の性質を直接予測することはできません。
励起状態や崩壊モードを理解するには、核子間の相互作用や殻構造、集団運動など、より微視的なレベルでの記述が必要となります。
励起状態: 原子核は、外部からエネルギーを受け取ると、よりエネルギーの高い状態へと遷移します。これらの状態は励起状態と呼ばれ、基底状態とは異なるエネルギー、角運動量、パリティなどの量子数を持ちます。ISLDモデルのような液滴模型は、原子核の平均的な性質を記述するには有効ですが、励起状態のような微細な構造を記述するには限界があります。励起状態を記述するには、殻模型や相互作用するボソン模型など、核子間の相互作用を考慮した微視的な模型が必要となります。
崩壊モード: 励起状態にある原子核は、よりエネルギーの低い状態へと遷移することで、最終的に基底状態へと戻ります。この遷移の過程で、原子核はガンマ線を放出したり、アルファ粒子やベータ粒子などの粒子を放出したりします。これらの崩壊モードは、原子核の構造や励起状態の性質によって異なります。ISLDモデルは崩壊モードを直接予測することはできませんが、核分裂障壁の高さを計算することで、自発核分裂の確率を評価するのに役立ちます。
ISLDモデルを拡張して、励起状態や崩壊モードを記述する試みはいくつか行われています。例えば、ISLDモデルに殻補正項を追加することで、基底状態の質量だけでなく、低励起状態のエネルギー準位も再現できるようになる可能性があります。
しかしながら、励起状態や崩壊モードを精度良く予測するには、より洗練された理論モデルと、それらを裏付ける精密な実験データの両方が必要不可欠です。
ISLDモデルは、実験データとの適合度を高めるために、アイソスピン二乗項を導入していますが、この項の物理的な意味は何でしょうか?
アイソスピン二乗項は、原子核内の陽子と中性子の数の差(アイソスピン)が、原子核の結合エネルギーに与える影響を表しています。
従来の液滴模型では、アイソスピンの影響は線形項(|N-Z|項)のみで考慮されていましたが、ISLDモデルでは、より高次の効果を取り入れるために、アイソスピン二乗項(T(T+1)項)が導入されています。
この項の物理的な意味は以下の通りです。
対称エネルギーへの寄与: アイソスピン二乗項は、原子核の対称エネルギーに寄与します。対称エネルギーとは、陽子と中性子の数が等しい原子核(N=Z)と、そうでない原子核の結合エネルギーの差を表すものです。一般に、陽子と中性子の数が等しい原子核の方が結合エネルギーが大きく、安定であることが知られています。これは、パウリの排他律により、陽子と中性子が同じエネルギー準位を占めることができないためです。陽子と中性子の数が等しい場合、核子はより低いエネルギー準位を占めることができ、結合エネルギーが大きくなります。アイソスピン二乗項は、この対称エネルギーの効果をより正確に反映するために導入されています。
核力のアイソスピン依存性: アイソスピン二乗項は、核力のアイソスピン依存性を反映しています。核力は、陽子と陽子、陽子と中性子、中性子と中性子の間で働きますが、その強さは、陽子と中性子の組み合わせによってわずかに異なります。特に、陽子と中性子の間で働く核力は、陽子と陽子、あるいは中性子と中性子の間で働く核力よりも強いことが知られています。これは、陽子と中性子の間で働く核力には、強い相互作用に加えて、電磁相互作用も働くためです。アイソスピン二乗項は、核力のアイソスピン依存性を考慮することで、原子核の結合エネルギーをより正確に再現することができます。
ISLDモデルにアイソスピン二乗項を導入することで、実験データとの適合度が向上したことは、原子核の結合エネルギーにおけるアイソスピンの高次効果の重要性を示唆しています。
本稿では巨視的な液滴模型を扱っていますが、近年発展の著しい機械学習を用いた原子核模型の構築は、今後、原子核物理学にどのような影響を与えるでしょうか?
近年、機械学習を用いた原子核模型の構築が活発化しており、原子核物理学に新たな展開をもたらす可能性を秘めています。
機械学習を用いることで、従来の理論模型では扱いきれなかった、膨大な量の原子核データを効率的に解析し、原子核の構造や反応に関する新たな知見を得ることが期待されています。
具体的には、以下のような影響が考えられます。
原子核の質量公式の精密化: 機械学習を用いることで、より高精度な原子核の質量公式を構築することができます。従来の質量公式は、液滴模型などの巨視的な模型に基づいていましたが、機械学習を用いることで、殻効果や対相関など、より微視的な効果を考慮した質量公式を構築することができます。
未知の原子核の性質の予測: 機械学習を用いることで、実験的に観測されていない原子核の性質を予測することができます。これは、超重元素の探索や、宇宙における元素合成過程の解明などに役立ちます。
原子核反応の機構解明: 機械学習を用いることで、原子核反応のメカニズムを解明することができます。原子核反応は、多くの場合、複雑な多体問題であり、理論的に記述することは困難です。機械学習を用いることで、実験データから原子核反応の規則性や特徴を抽出し、反応機構を理解することができます。
原子核物理学における新たな発見: 機械学習は、従来の理論模型では見過ごされていた、原子核の新たな側面を明らかにする可能性を秘めています。膨大な量の原子核データを機械学習で解析することで、これまでに知られていなかった原子核の性質や法則が発見されるかもしれません。
一方で、機械学習を用いた原子核模型の構築には、克服すべき課題も残されています。
物理的な解釈: 機械学習は、データに基づいて予測を行うことは得意ですが、その予測の物理的な解釈は必ずしも容易ではありません。機械学習を用いて構築した原子核模型が、なぜそのような予測を行うのか、物理的な根拠を明らかにすることが重要です。
データの質と量: 機械学習の精度は、学習に用いるデータの質と量に大きく依存します。原子核物理学の分野では、実験データの取得が困難な場合もあり、質の高いデータの取得と蓄積が重要となります。
機械学習は、原子核物理学における強力なツールとなりつつありますが、その一方で、克服すべき課題も存在します。今後、機械学習と従来の理論模型を組み合わせることで、原子核物理学のさらなる発展が期待されます。