本稿は、Honz氏らによる、小型化された量子鍵配送(QKD)システムを実現するための研究論文である。
量子コンピュータ技術の急速な発展に伴い、情報理論的に安全なデータ保護の必要性が高まっている。量子鍵配送(QKD)は、光の量子特性を利用して秘密鍵を安全に生成することで、このニーズに応える技術である。しかし、既存の商用QKDシステムは大型で高価なため、短距離ネットワークなどの新たな市場への普及が阻まれている。本研究では、QKDシステムの小型化と低コスト化を実現するために、852nmのシリコン窒化(SiN)マイクロリング共振器(MRR)を用いた簡易化された差動位相シフト(DPS) QKDシステムを提案する。
本研究では、送信機として2種類の方式を用いて実験を行った。一つ目は、852nmのDFBレーザーを用い、マッハツェンダー変調器(MZM)でパルス整形を行い、位相変調器(PM)で量子状態の符号化を行う方式である。二つ目は、847nmの直接変調されたVCSELを用いる、より簡易な方式である。受信機側では、SiN MRRを用いて量子状態の解析を行い、Si SPADで信号を検出する。伝送路としては、10mの短距離シングルモードファイバと、256mから1024mまでのITU-T G.652B互換のCバンドシングルモードファイバを用いて、バックツーバック(b2b)および実環境に近い短距離QKDの動作を評価した。
b2bリンクにおいて、0dBの光バジェットで、SPAD-GとSPAD-Rでそれぞれ5.8kb/sと25.3kb/sのraw-keyレートを達成し、QBERはそれぞれ4.06%と4.01%であった。どちらの場合も、安全な鍵抽出の限界値とされるQBER閾値である5%を下回っている。SPAD-Rの高い検出効率により、raw-keyレートが向上していることがわかる。また、標準的な光インターコネクトバジェットである6dBでは、6.55kb/sのraw-keyレートと4.72%のQBERが得られ、NISTの制限下で73.3Gb/sの古典チャネル容量を確保できることが示された。さらに、10分間の連続QKD動作においても、QBERとraw-keyレートは安定しており、MRRの狭帯域共振にもかかわらず安定したスペクトル特性を示した。
Cバンド通信ファイバを用いた852nm量子チャネルの伝送性能評価では、SMF28ファイバ長330mでQBER限界に達し、raw-keyレートは約8.2kb/sであった。これは、b2b測定と比較して4.8dBの光リンクバジェットに相当し、Cバンド伝送ファイバに沿った少数モード伝搬によるQBERペナルティは0.43%であった。
直接変調VCSELを用いた簡易化QKD送信機では、b2bの場合で21.8kb/sのraw-keyレートと10.2%のQBERが得られた。高いQBERは、信号復調時のダイナミック消光比の低下に起因しており、MRRをより広帯域に再設計する必要がある。
本研究では、コンパクトなSiN MRRと高効率Si SPADを用いることで、低コストなQKD受信機構成を実現し、コスト共有のメリットがない短距離リンクにおいても安全な鍵生成が可能な短波長DPS-QKDの実現可能性を示した。また、標準的な通信用ファイバを用いたCバンドリンクへのゼロタッチ統合を検証し、最大330mの到達距離を実現した。従来方式と比較して簡易な構成であることから、短波長DPS方式は、これまで経済的に困難とされてきた分野へのQKDの導入を可能にするものと期待される。
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