核心概念
深層学習を用いたタイトバインディングハミルトニアン(DeePTB)アプローチと非平衡グリーン関数(NEGF)法を組み合わせることで、第一原理計算の精度を維持しながら、量子輸送計算を効率的に行うことができる。
要約
深層学習を用いた量子輸送シミュレーションの高速化:ブレークジャンクションから電界効果トランジスタまで
本論文は、ナノエレクトロニクスデバイスの設計および理解に不可欠な量子輸送計算を高速化する新しいフレームワーク、DeePTB-NEGF を提案している。従来の第一原理計算に基づく手法は精度が高い一方で計算コストが大きいという課題があった。本研究では、深層学習を用いてタイトバインディングハミルトニアン(DeePTB)を構築し、非平衡グリーン関数(NEGF)法と組み合わせることで、計算効率を大幅に向上させながら第一原理計算の精度を維持することに成功した。
DeePTB-NEGF フレームワークは、大きく分けて DeePTB によるハミルトニアン予測と、NEGF 法による量子輸送計算の2つの要素から構成される。
DeePTB によるハミルトニアン予測
DeePTB は、深層学習を用いて原子構造から電子構造を効率的かつ高精度に予測する手法である。本研究では、2つの DeePTB モデル、すなわち環境依存型 Slater-Koster タイトバインディングハミルトニアンと、E(3) 等変グラフニューラルネットワークを用いた LCAO 基底における DFT ハミルトニアンを用いた。これらのモデルは、DFT-NEGF 計算から得られたハミルトニアンとオーバーラップ行列を用いて学習され、新しい構造に対しても高精度な予測が可能である。
NEGF 法による量子輸送計算
NEGF 法は、量子輸送現象を記述するための標準的な理論的枠組みである。DeePTB によって予測されたハミルトニアンを用いることで、SCF 計算を回避し、計算コストを大幅に削減することができる。さらに、電極の自己エネルギー計算にブロッホの定理を適用し、グリーン関数の行列反転にスパース行列アルゴリズムを用いることで、NEGF 計算自体も高速化している。
本論文では、DeePTB-NEGF フレームワークの汎用性と精度を示すために、2つの代表的な応用例が示されている。
ブレークジャンクションシステム
ブレークジャンクション実験は、原子・分子レベルでの量子輸送現象を調べるための強力なプラットフォームである。DeePTB-NEGF フレームワークを用いることで、金属接点と単分子接合の両方において、接合形成・破壊過程におけるコンダクタンスの変化を包括的にシミュレートすることができた。その結果、得られたコンダクタンスヒストグラムは、実験結果とよく一致し、1.0G0 と 2.0G0 の間の量子化コンダクタンスピークや、単分子接合における 10-3.3G0 の顕著なピークなど、特徴的な振る舞いを再現することができた。
二重ゲートカーボンナノチューブ電界効果トランジスタ
CNT-FET は、優れたキャリア輸送特性を持つことから、5 nm ノード以下の次世代トランジスタの候補として期待されている。DeePTB-NEGF フレームワークに NEGF-Poisson 自己無撞着計算を組み込むことで、有限バイアス条件下における CNT-FET の量子輸送特性を効率的にシミュレートすることができた。シミュレーション結果は、既存の量子輸送計算コードとよく一致し、異なる誘電体材料やゲート長に対する物理的に妥当な応答を示した。