核心概念
有機分子系におけるポラリトン輸送は、系のフォトン含有量が多い場合は弾道的な伝搬を示すが、フォトン含有量が減少すると拡散的な挙動を示すようになり、この遷移は分子振動とそれに伴うポラリトン状態とダーク状態間の非断熱的な集団移動によって引き起こされる。
要約
ブロッホ表面波結合励起子の輸送メカニズムに関する研究
本論文は、ブロッホ表面波(BSW)と強く結合した有機分子系における励起子-ポラリトン輸送のメカニズムを、分子動力学(MD)シミュレーションを用いて解明した研究論文である。
有機材料中の励起子の伝搬は、通常、フォスター機構やデクスター機構といった機構を通じて隣接する分子間をホッピングする拡散過程である。しかしこれらの機構は分子間距離や配向に依存するため、構造的な乱れは励起子移動に悪影響を及ぼし、拡散長を制限してしまう。
励起子の伝搬距離を伸ばす方法の一つとして、光共振器内部やプラズモニック表面近傍といった、閉じ込められた電磁場中に有機分子を配置することが挙げられる。このような環境下では、励起子は光構造の閉じ込められた光モードと強く相互作用し、相互作用の強さが系の損失に関連する速度を超えると、励起子と閉じ込められた光モードはポラリトンへとハイブリダイズする。ポラリトンは、分散や群速度といった相互作用を構成する両方の要素の特性を受け継ぐため、従来の励起子拡散長を超えた長距離伝搬が可能となる。
これまでの理論研究では、強結合が励起子輸送を増強するメカニズムについて重要な洞察が得られてきたものの、物質の記述は二準位系に限定されていた。本研究では、振動自由度の影響を考慮するため、物質の構造的詳細を明示的に含む、マルチスケール分子動力学に基づくシミュレーションモデルを開発した。そして、このシミュレーションモデルを用いて、ブロッホ表面波と強く結合したメチレンブルー分子(MeB)のアンサンブルの原子論的MDシミュレーションを行い、ポラリトン輸送における物質の自由度の役割を明らかにすることを目的とした。