本稿は、金属における超高速レーザーパルス励起後の非平衡電子緩和現象に関するレビュー論文のパートIである。1957年に提唱された二温度モデル(TTM)を出発点とし、その後の実験技術の発展に伴うTTMの拡張と限界、そして最新の研究成果までを網羅的に解説している。
TTMは、高エネルギーイオンを照射した金属における放射線損傷の研究から生まれた。高エネルギーイオンは、最初に電子系にエネルギーを伝達し、電子温度を格子温度よりもはるかに高くする。その後、電子-フォノン散乱を介してエネルギーが格子系に伝達され、熱平衡状態が再確立される。KLTは、電子-電子散乱が電子-フォノン散乱よりもはるかに速いと仮定し、電子分布は常に熱平衡状態にあると考えた。
1970年代に入ると、超短パルスレーザーを用いることで、金属中の電子を選択的に励起し、非平衡状態を実現できる可能性が示唆された。1980年代には、フェムト秒レーザーを用いたポンプ-プローブ分光法が登場し、非平衡電子緩和の研究が飛躍的に進展した。Allenは、TTMにおける電子-フォノン熱伝達係数を、超伝導理論における重要なパラメータであるλを用いて表現した。これにより、ポンプ-プローブ実験からλを推定することが可能となった。
1990年代初頭には、TTMの基本的な仮定、すなわち非平衡電子分布が電子-フォノン緩和時間よりもはるかに短い時間で熱平衡分布に達するという仮定が、必ずしも成立しないことが明らかになった。実際には、非熱平衡電子分布が熱平衡分布に緩和するまでには、電子-フォノン緩和時間と同程度か、それ以上の時間がかかる場合があることが、超高速光電子分光法や過渡反射率測定などの実験によって示された。
TTMの限界を克服するために、非熱平衡電子分布を考慮した三温度モデル(3TM)や、レーザー場による電子-フォノン衝突積分の変化を考慮した理論などが提案されている。また、アト秒パルスレーザーを用いたATAS法により、電子-電子相互作用による初期緩和過程を高精度で観測できるようになり、フェルミ液体論との整合性などが議論されている。
本稿では、金属における非平衡電子緩和現象に関する歴史的な経緯から最新の研究成果までを概観した。TTMは、非平衡電子緩和現象を理解するための基礎的なモデルであるが、その限界も明らかになってきた。今後、より精密な実験や理論計算によって、非平衡電子緩和のメカニズムがより深く理解されることが期待される。
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